2007年04月28日
浪人時代を振り返って⑨
もう9回目になりますね(^^;)
まあ、あとこれを含めて3~4回になると思うんで、遅くても5月いっぱいには終了すると思います。
まあ、気まぐれだからどうなるかはわかんないけどね(笑)
・一般試験本番(中央、明治)
立教の試験が終わって5日後に中央の法学部の試験。
明学、立教と、正直受かってるって確信がない状態で、まだどこの大学にも受かってない状態。
2浪って考えはなかったんで、俺、専門学校どこにしよう…とか考えたりもしました。うん、リアルに(笑)
今は、(笑)ってできるけど、あの頃は本気でした。
まだ中央、明治、早稲田が残ってたのに。
普段、あんまり心配しない親にすっごく心配されました。
俺もそうとう精神的に切羽詰まってたんでしょうね、親と一緒に神社に行って神頼みしました(>_<)
神頼みなんかしても、結局実力がないと落ちるんだから意味ないって浪人の最初の頃は思ってたんだけど、もうそんなこといってる場合じゃなかった俺。
その帰りには、親には、もしダメだったら福祉の専門学校に行くわって言ったりしました。
まあでも、少しは楽になって、とにかく中央の過去問3年分を何度も見直し、迎えた本番。
英語は英文解釈と英作文がたぶん何とかなるかなーっていう感じの程度で、間違い問題がすっごく焦ったけど、読解問題で、あ、どうにかなるかも!っていう手ごたえを感じました。
国語は、え、ちょっと簡単じゃね?って思い、本当にこれで合ってるんだろうな?って疑問に思い、何度も見直しをしました。
日本史で死んだなって思いました…
あまりやらなかったところから出て、しまったっていう気分に。
解きながら本気に泣きそうになりました。
何でこの分野やらなかったんだろう…(確か時代別の経済とかの問題だったかな)
中央の日本史って、次の3つの文章のうち、正しいものにはa、間違ってるものにはbをマークしろっていう問題があるんだけど、それが完答で点がくれるのかはわかんないけど、その時はそう思ってて、3つの文章のうちにわかんないやつが1つは必ずある状態で、もう当て勘でやったのもありました。
で、帰りはずーっと落ち込んでました。
頭の中ではずーっと、専門学校、専門学校、専門学校、専門学校…
中央ってモノレール口から法学部の教室まで歩いて10分くらいかかるんだけど、その時は受験生がすーっごいいて、3~40分くらいかかりました、モノレール口まで。
で、友達2人と遭遇。その人たちと一緒に帰りました。
そのうちの1人は何とかなるだろうって得意げな顔で言いました。
ちょっとむかつきました。
友達にも、俺、専門学校に行くわってずっと言ってました。
その後、親には、関関同立の一部の大学には3月に後期試験があるから受けてもいいかどうか相談しましたね。
2日後の政治学科は、まだ法律学科よりも手ごたえあったかな。
政治学科の翌日は明治の法学部の試験。
正直、あんま受ける気がしませんでした。
願書出す前に、どうしようか悩みましたが、まあ、チャンスは多い方がっていうことで願書を出しました。
受けないとせっかく親がお金出してくれてるんだから親に悪いってことで受けました。
リバティータワーに行けるのかと思いきや、和泉キャンパスでした。
高層ビルみたいだったんで、何か、大学っていうより、会社だなーっていう感じがありました。
明治は日本史が難しい!
全然読んだことのない資料を問題に出してきます。
過去問解いた時は全然解ける自信がありませんでした。
だけど、その年は、え?????っていうくらいすーーーっごく簡単になってました。
まず、未見資料が全然ない!
しかも問題もホントに基本的な問題。
簡単で安心するよりも、むしろすごく心配になりました。
こんなの、誰でも解けるじゃん!って。
英語も難しくなかったし、国語なんて、抜き出し問題とか字数書いてあるし(101字で抜き出せとか。普通は100字以内で抜き出せっていう感じなのに)。
帰りに、友達は、法学部なのにこんなんでいいのか!?って言ってました。
まあ、とにかく、この年の法学部の問題は簡単でした。
とりあえず、一通り受け終えました。
あとは早稲田のみ。
あと、直前期から続いてたうつ的状態。
その翌日から徐々に回復してきました。
その話はまた今度。
まあ、あとこれを含めて3~4回になると思うんで、遅くても5月いっぱいには終了すると思います。
まあ、気まぐれだからどうなるかはわかんないけどね(笑)
・一般試験本番(中央、明治)
立教の試験が終わって5日後に中央の法学部の試験。
明学、立教と、正直受かってるって確信がない状態で、まだどこの大学にも受かってない状態。
2浪って考えはなかったんで、俺、専門学校どこにしよう…とか考えたりもしました。うん、リアルに(笑)
今は、(笑)ってできるけど、あの頃は本気でした。
まだ中央、明治、早稲田が残ってたのに。
普段、あんまり心配しない親にすっごく心配されました。
俺もそうとう精神的に切羽詰まってたんでしょうね、親と一緒に神社に行って神頼みしました(>_<)
神頼みなんかしても、結局実力がないと落ちるんだから意味ないって浪人の最初の頃は思ってたんだけど、もうそんなこといってる場合じゃなかった俺。
その帰りには、親には、もしダメだったら福祉の専門学校に行くわって言ったりしました。
まあでも、少しは楽になって、とにかく中央の過去問3年分を何度も見直し、迎えた本番。
英語は英文解釈と英作文がたぶん何とかなるかなーっていう感じの程度で、間違い問題がすっごく焦ったけど、読解問題で、あ、どうにかなるかも!っていう手ごたえを感じました。
国語は、え、ちょっと簡単じゃね?って思い、本当にこれで合ってるんだろうな?って疑問に思い、何度も見直しをしました。
日本史で死んだなって思いました…
あまりやらなかったところから出て、しまったっていう気分に。
解きながら本気に泣きそうになりました。
何でこの分野やらなかったんだろう…(確か時代別の経済とかの問題だったかな)
中央の日本史って、次の3つの文章のうち、正しいものにはa、間違ってるものにはbをマークしろっていう問題があるんだけど、それが完答で点がくれるのかはわかんないけど、その時はそう思ってて、3つの文章のうちにわかんないやつが1つは必ずある状態で、もう当て勘でやったのもありました。
で、帰りはずーっと落ち込んでました。
頭の中ではずーっと、専門学校、専門学校、専門学校、専門学校…
中央ってモノレール口から法学部の教室まで歩いて10分くらいかかるんだけど、その時は受験生がすーっごいいて、3~40分くらいかかりました、モノレール口まで。
で、友達2人と遭遇。その人たちと一緒に帰りました。
そのうちの1人は何とかなるだろうって得意げな顔で言いました。
ちょっとむかつきました。
友達にも、俺、専門学校に行くわってずっと言ってました。
その後、親には、関関同立の一部の大学には3月に後期試験があるから受けてもいいかどうか相談しましたね。
2日後の政治学科は、まだ法律学科よりも手ごたえあったかな。
政治学科の翌日は明治の法学部の試験。
正直、あんま受ける気がしませんでした。
願書出す前に、どうしようか悩みましたが、まあ、チャンスは多い方がっていうことで願書を出しました。
受けないとせっかく親がお金出してくれてるんだから親に悪いってことで受けました。
リバティータワーに行けるのかと思いきや、和泉キャンパスでした。
高層ビルみたいだったんで、何か、大学っていうより、会社だなーっていう感じがありました。
明治は日本史が難しい!
全然読んだことのない資料を問題に出してきます。
過去問解いた時は全然解ける自信がありませんでした。
だけど、その年は、え?????っていうくらいすーーーっごく簡単になってました。
まず、未見資料が全然ない!
しかも問題もホントに基本的な問題。
簡単で安心するよりも、むしろすごく心配になりました。
こんなの、誰でも解けるじゃん!って。
英語も難しくなかったし、国語なんて、抜き出し問題とか字数書いてあるし(101字で抜き出せとか。普通は100字以内で抜き出せっていう感じなのに)。
帰りに、友達は、法学部なのにこんなんでいいのか!?って言ってました。
まあ、とにかく、この年の法学部の問題は簡単でした。
とりあえず、一通り受け終えました。
あとは早稲田のみ。
あと、直前期から続いてたうつ的状態。
その翌日から徐々に回復してきました。
その話はまた今度。


